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2007年11月20日 (火)

雑感

夜会 2/2 感想の続き

このストーリー…
前の記事に書いた「幸せ」な人にとっては、おそらく何等の感動ももたらさないだろうと思う。
彼らのような人がみたら、
「ビジネスパーソンが仕事に疲れて、ずる休みをして…当然の報いを受けただけじゃぁねぇか。なんでハッピーエンドなんだよ。」
で終わりのような気がする。

自分が自分であること、他人は自分ではないこと、そこに「孤独」を感じつつも孤独を克服したいと願望する。

中島みゆきという人の表現のなかに、私はそれを見続けてきたような気がする。

2/2の安宿の場面、似て非なる経験もある。
一文無しというわけではないが、持っている金は業務用経費のみ(自分のための金は一文もない)という状態で異国の地のああいう宿に泊まると、結構怖い^^;。

…鍵を渡してくれない宿に泊まったときには、一緒に泊まったメンバー(日本人は私だけ)で交替の見張り番…翌日の仕事がきつかった(笑)

冗談はさておき、2/2への感情移入は自分が異国の地で仕事をしていたことがあったためかもしれない。
日本語が通じないのは当たり前で、英語でさえ(こちらの英語力にも大きな問題があるとはいえ)しばしば通じないという環境で仕事をしているとだんだん日本語の感覚が麻痺してくる。
結構内省的になったりもする。
私の場合、ぶっつけ本番身振り手振りで一人で市場を徘徊したり「大胆だなぁ…」とあきれられたりしたけれど…

(話はどんどんそれていく)
紅い河…
「美しい国」なんて見苦しいキャンペーンを張った連中のことはさておき、日本の透き通った川ってのは、普通じゃない美しさだと思っている。
普通は「紅い河」で表現された土色の河なのだ。
それが大河の証明みたいなもの。もちろん河の源流は透き通った水で始まるけれど、流れ流れて大河の河口は赤い(茶色い)水が海に流れ出していることで河の存在がわかる。
…そういう意味では日本にはおおらかな大河というものは存在しないのかも…

(ちっと元に戻す)
自分が育った環境からいきなり切り離されたら…という想像力。
こういう想像力を持ち得ないと、他人との共感を持つことが困難になるような気がする。
大体、「私」と「私と話している他人」が理解しあうためには、「私」の前にいるのは「私」ではないという認識が必要だろう。

…何故か、私とそりが合わない人と私の間にはこの点に共通認識をもっていないことが多いような気がする。
彼らの表現には、私が彼でないことへの苛立ちが常に感じられるのだ。
そんなことに苛立たれても、こちらとしてはいかんともしがたい。

また明日もそういう人との一日が続く…

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