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2007年12月

2007年12月30日 (日)

やや違和感-マガジン9条

巡回先に「マガジン9条」というところがある。
憲法9条を守ろうというネットワークのひとつである。

ここの最新号で、小林節さんと伊藤真さんという法律家の方の対談が掲載されていた。
小林さんは元々改憲論議を積極的に進めるべきという立場で、自民党の勉強会の講師などもやっておられた方である。但し、今年政権を投げ出して遁走した人が提唱した改憲論議の方向には異を唱えている。
伊藤さんは「マガジン9条」で、憲法塾というコーナーを担当されている。

今回の対談記事は短期連載の第1回目、今年強行された国民投票法から改憲論議の是非について、そもそもの基本論について語られている。

そのこと自体は良いと思うし、どんどんされるべきだという事に異議はない。
ただ、ちょっと気になった点が…

小林さんが繰り返し強調されていたこと
「憲法について、政治家を含めて、しらな過ぎる。その責任は、憲法を教えてこなかったいわゆる護憲派の教育者にある」

ちょっと言いすぎじゃないか…と思うのだ。
小林さんは大学の教授としての経験からそう言っているのだとは思う。
しかし、現実には、私などは田舎の公立中・高での教育現場で彼の認識と反対の教育を受けてきた。
それが、小林さんの視野に入っていないのは何故か?
それは責任を教育現場に限定する、彼の認識の限界じゃないか…
おそらく、大学に入学してくる学生の基礎知識の無さに慨嘆しているのだとは思うが…

憲法の基本を教えてくれた先生たちが、学校を取り巻く社会(世間)の中でどれだけ奮闘していたかを、私はある程度見聞している。

世間から異端視されながら。こつこつと実践を積み上げて…法学部に進学した私の同級生で、自分が進学して大学の基礎教育部分を既に修了していたことに気づいたなんてのもいる。
その同級生は、高校の頃は、教師の言うことなんて…と親の受け売りで小馬鹿にしていたのだが…。

結論を言おう。
小林さんの言い分には、無責任を感じるのだよ
世間なんてのは、けっこう権威に弱いのだ。
六大学の大学教授なんて肩書きは有効なのだ…
自分は実践してきた…と彼は言う。
それなりに有効だったのだろう。
しかし、世間に対してどれだけ、本来ご自分のもつ力を発揮してきたのか…

まぁ、それは私も含めた世間の中にいる者の一人一人が責任を持たなけりゃいけないのだが、私たちに「お前たちが無責任だから…」というがごとき言葉を投げるのなら、もっと別の言い方があるだろう…
法律の専門家なら…
例えば、教え子が教鞭をとっている田舎の町に出かけていって公演をばしばしやる…とか。

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2007年12月28日 (金)

最近聴きこんでいる

コンサートから帰ってから、『I Love You,答えてくれ』(中島みゆき)を聴きこんでいる。

収録順に…

(1)本日、未熟者
(2)顔のない街の中で
(3)惜しみなく愛の言葉を
(4)一期一会
(5)サバイバル・ロード
(6)Nobody Is Right
(7)アイス・フィッシュ
(8)ボディ・トーク
(9)背広の下のロックンロール
(10)昔から雨が降ってくる
(11)I Love You,答えてくれ

お気に入りは(2)、(5)、(6)、(8)
それに続くのが(4)、(9)、(11)

え、ほとんどじゃないか?
あはは、そりゃそうです。
だって好きなんだもん(^^)
…と言い切ってしまうと話は終わるので…

やっぱり、現実で悩んでいることとの関連かな?
他人に自分の考えていることをうまく表現できないって、結構苦しいんだよね。
特に相手が【正論】と信じていることを直裁に押し付けてくるときに、感情論に陥らないようにしながら議論を発展的にしようとした場合なんて…

相手が上司とかだったら、まともに自分の論点を展開したら、ただの口喧嘩になってしまう。
…で、ぶつかり合いを回避し続けて、へらへら生きているわけですわ、リアルの世界では…σ^^;

そんなことをしているとストレスが溜まる。
そういう時に聴くのに良い曲なんですな。
自分の言葉の弱さに嫌気がさしているときに励ましてくれるような…あぁ、自分と同じ考え方をする人がいるんだな…そんな曲が上のお気に入りにあげた4曲。

それにしても…このアルバムも2曲目から聴くアルバムかぁ?

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2007年12月26日 (水)

また訳のわからんことを…厚労相

また、訳のわからんことを…(ー_ー)!!

asahi.comより引用(抜粋:省略は引用者による)
-----(引用開始)-----
肝炎議員立法、来月7日に法案提出へ 自公両党
2007年12月25日13時27分

(略)

一方、舛添厚労相は25日の参院厚生労働委員会で、議員立法で焦点となる国の「責任」についてまた薬害を起こした意味で責任があり、反省しないといけない」と述べた。ただ、法案にどのような「責任」を盛り込むかについては「例えば政府声明に盛り込むこともある」などと指摘するにとどめた。

 舛添氏は議員立法については「深い反省と謝罪の気持ちがないといけない」と指摘。「総理が言う道義的責任のほか、解決責任、救済責任などいろいろな言葉が出ているが、二度と薬害を起こさないという精神がうたわれないといけない」と述べた。

 舛添氏はまた、「議員立法なので法律にどう書くかはこれからの議論。法案などで責任をどう書くのが一番的確か。立法府の努力を支援したい」と話した。

-----(引用終了)-----

「立法府の努力を支援したい」

…したい…????

この男の思考回路がわからん。

あんたが責任者やってる役所が仕事してないって問われてるのに、なんだ、この言い方は?
そりゃぁ、自分が責任者になる前に起きたことではあるさ。
ただなぁ、それによって発生した被害をどう救済するかは、本来厚生労働省が立法府に言われる前にやらなきゃいけないことだろう?
その役所のトップがこういう言い方をするか?…民間だったら首飛ぶぞ…
…あ、福田内閣のスケープゴートになるつもりか…ならば、ご自分の立場をよく判ってらっしゃる。どうせ次の入閣はないものね(冷笑)。
…と言うわけにはいかんだろうな。

こういうやりかたをする役所の言うことはは信用されないものな。
年金然り、労働災害認定然り、貧困対策然り、もちろん医療も然り。
厚生労働省にだって、真面目に取り組んでいる人のほうが圧倒的に多いだろう。
特に現場に出て実態を目の当たりにしている人たちは…。
そういう人(=大臣の部下)に対しても失礼千万な発言だ。
(私が職員だったら、怒るな…うん)

ここ数日の議員立法についての報道で、まともな発言は民主党の小沢代表くらいか…
(社民党や共産党も発言してるんだろうけど、残念なことに報道されない(;_:))
会社のTVで見ただけなので、うろおぼえだけれど…
「本来なら、責任を認めて政府が提出しなければいけない法案だ。しかし、被害者の救済・再発防止のための対策(=国の責任の明示)が為されるなら、議員立法か政府提案かという方法論に拘らず立法化に向けての議論に応じる」
おざなりな内容なら蹴るぞ…という意思表明とみた。
それが、真っ当な筋の通し方だろう。

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2007年12月24日 (月)

護憲派の砦?

千代田区界隈の政治関連の仕事をしている人の中で、護憲派の砦はこの人かもしれない?

asahi.comから全文引用

------(引用開始)-------

天皇陛下会見全文(上)
2007年12月23日05時56分

〈問1〉今年は食品の虚偽表示を発端とする「食」への不安、年金や社会格差の問題など、暮らしの安全が脅かされた一年でした。こうした様々な社会情勢について、陛下の思いをお聞かせください。

 (回答)十分にお答えができないといけないと思いますので、書いたものを見ながらお答えしたいと思います。生活の基本である食と住に関して、一昨年から今年にかけて国民に不安をもたらすような事情が明らかになったことは残念なことです。

 年金の問題については戦後の復興とその後の国の発展を目指し、一生懸命まじめに働いてきた人々が、高齢になって不安を持つことがないように、この問題が解決の方向に向かっていくことを願っています。

 社会格差の問題については、格差が少ない方が望ましいことですが、自由競争によりある程度の格差がでることは避けられないとしても、その場合、健康の面などで弱い立場にある人々が取り残されてしまうことなく、社会に参加していく環境をつくることが大切です。

 また、心の中に人に対する差別感を持つことがないような教育が行われることが必要と思います。

 過去を振り返り、公害によって健康の被害を受けた人々のことを考えるとき、当時はこのような問題に対する安全の問題が国民の間に十分に理解されず、被害者を苦しめてきたことが思い起こされます。多くの国民にこのような実態が少しでも早く知らされていたならば、被害を受けないで済んだ人も多かったのではないかと、返す返すも残念に思っています。

 近年、生活の安全性に関し、国民が深い関心を抱くようになったことが、耐震構造の不備なども含め、安全性への危険を明らかにするうえに寄与したことと思います。国民の安全を守るため、関係者の努力を望むことはもちろんのこと、国民全体がこの問題に関心を持ち、みなの協力の中で安心して生活を営むことができるよう願っています。

------(引用終了)-------

もちろん、こういった発言は、憲法上の彼の立場を超えないよう、側にいる官僚が作成・チェックしているんだろうし、当然限界もある。
実際「過去を振り返り…」といっても、70年前まで振り返っているわけではない。
まぁ、そこまでいったら自分の今いる立場をひっくり返すことになりかねないわけだから、それは仕方ない。

でも…ねぇ…、日頃、天皇家を敬愛し云々といってる自民党のみなさん…
ここまで言われて恥ずかしくないのかねぇ…
あんたらのやっていることへの批判がありありじゃない(笑)

「心の中に人に対する差別感を持つことがないような教育が行われることが必要」って、旧教育基本法の理念じゃないですか。
「弱い立場にある人々が取り残されてしまうことなく、社会に参加していく環境をつくることが大切」って、生活保護受給者締め出し大作戦は誰の指示の下に行われてるんでしょうねぇ?

…まぁ、この発言要旨を作った官僚を現場に出したら?とも思うが…

もっとも、個人の裁量に依拠する「民主主義」ってなによ…と諸外国から言われても文句は言えないな(これが私の本音)

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2007年12月21日 (金)

のりが悪いと言われても

今回、私も偶々2回(但し同じ演目(;_:))で観る機会をいただき、記事にしているわけだが…
「中島みゆきコンサートツァー2007」については、いろんな方がいろんなことを書いている。

その中で、ちょっと気になった言説がある。
思いっきり要約すると、「ロックなんだから、みんな立ち乗りしろよ」というもの。
ばかばかしくて、URLは記録していないので印象操作とかなんとか言われるのは承知のうえで…。

このブログを始めた頃、ロックというものを良く知らないことは明言した。
しかし、ロックンロールというものの由来が既存秩序への反逆の表明にあることくらいは知っている。
だから、こういう言説には脊髄反射的に
「そりゃ違うだろ?」
と思ってしまうのだ。

まず、既存秩序の強制への反発がロックンロールとして表現されるのだからして、その表現形式は各個人の自由であるべきだという主張が、この言説からは感じ取れない。
むしろ、既存表現となってしまった立ち乗りに囚われてしまった自分のあり方を他人に強要するがごときは、演奏者や他の観客に対する冒涜とさえ思うのである。

それだけなら、あえて記事にするまでのことではないが、この種の言説がこの世の中にまかり通っていることに危機感を覚えるのだ。

例えば、昨年の今頃強行された教育基本法の条文変更。ここで変更されたのは「個の尊重」から「全体への奉仕」という基本概念であるのだが、それに対する反対は大きな動きとなる前に潰されている。それを潰した原因のひとつは、上記のような草の根保守思考が「お上にさからうな」とばかりに、反対派に襲い掛かったことにあるのではないか…と。
それにより反対の声を飲み込んだ人が(私も含め)多かったのではないか…と邪推するのである。

自分がFreeであることを求めるから、他者のFreeも許容する。
言葉で言うのは簡単だが、実践は困難…困難なるがゆえに追求することに意味を持つ。
それがロックではないのか…と改めて思う…。

その意味では、中島みゆきという人がロッカーだというのは正しいと思う。
ボブ・ディランやジョーン・バエズといった先達につながる人として…

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2007年12月20日 (木)

コンサートに行ってきた(中島みゆき)part2

前々回の記事、最後にちょんぼ^^;

実は、チケット2回分当たってたのだ。
んでもって、今日は2回目の公演を見てきた。

今日は会場にカメラがあるのを確認。
ひょっとして、今日の公演がDVDになるのかな?
そのせいか、入場のタイミングのせいか、16日のときと比べカメラチェックの案内が厳しかったような気がする。入場してからもカメラ付き携帯の使用禁止案内が頻繁に流れていた。

開演時間は予定よりやや遅れて18時40分を過ぎていた。
18時30分を回ってもブザーが鳴らないんで、変だな?と思っているうちに妹尾さんがPA席に着席、やっと始まるかと思ってからが長かった…
終了は21時30分ごろ、約3時間の長丁場でした。

肝心な音…今日は16日と比べて左右破綻のない音だった。
(今日はPA席左やや後ろ)
みゆきさんの歌もやや抑え目で、16日のときのようなハジケタ感じは少なかった。
(「地上の星」でも声が裏返るようなことはなかったし)
それでも、「ボディ・トーク」はやはり迫力があったし、抑えていた分「唇をかみしめて」の歌詞も聞き取りやすかった…ような気がする。

前回の反省から、今回は双眼鏡持参。
私の席からは7倍で、みゆきさんのほぼフルショット。
で、双眼鏡を使ってみて思うこと…やっぱりこの会場は広すぎる!
「誕生」でのみゆきさんの表情、ほんっとうに子供をあやしてるような優しい笑顔だ。
「地上の星」ではまっすぐ前を向いて真摯なまなざしが印象的。
でも、双眼鏡使うと、「宙船」の宮下さんとの掛け合いが見えないんだよね^^;
相手のパートのときに、指差す掛け合いが…(これが、二人ともビシッと決まってるんだなぁ…)
だいたい、双眼鏡を使うと、気が散る…(-_-;)

このあとの三重と福岡は、東京の半分の座席数だから…うらやましい…
…ってチケットが当たっただけでも運が良いのだ…反省m(__)m

あと、とんでもないことに気がついた。
なみふく最新号の表紙、今回のツァーのだよね…(衣装から判断)。
実はこの表紙ぱっと見たとき、夜会1990のころのを流用してんじゃないか?と思ってしまった。
…みゆきさんって歳とらんのか?(ファンの方々がこれ読んだら怒るかな…)

終演後、CD販売コーナーを覗いたら「Singles2」を発見。
この歌詞カードなくしてたんで購入、非売品のカレンダーが付いてきた。
…元々CDは持ってるんで、カレンダーを買ったらCDが付いてきたというべきか(笑)

最後に、「同じ時代に生まれてくれてありがとう」…沁みました。

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2007年12月17日 (月)

地上の星(コンサートバージョン)

一晩たって、興奮がやや薄らいだところで…

前の記事で「地上の星」のアレンジがぶっ飛んでいたことを書いた。
あれって、中島みゆきさんのこの曲に対する思い入れじゃなかろうか?

そして、私はその思いに共感する。

この曲がオープニングに提供された番組「プロジェクトX」は私も良く見た…
見たが、ある時期から胡散臭さを感じ始めて見なくなった。

なんつうかなぁ…。
最初の頃の製作は「大プロジェクトの影にいた無名の人」にスポットを当てていた。
たとえば、黒部ダムの物語では崖のふちぎりぎりまでブレードを持っていくブルドーザの運転手であり、青函トンネルでは事故死した部下を記憶に残したまま生きる班長であり…。だからこそ、多くの人の共感が得られたんじゃないか?
私事で恐縮だが、私自身小さなプロジェクトでリーダーを事故で失い、その再立ち上げから完遂まで亡くなられた方の代理を務めたことがある。
そんな経験を持っている人はこの世に何千といるだろう。
その何千といる人たちの思いの、ほんの一部なりとも掬い上げたからこそ、この番組はヒットした。

それが「敗残者の復活の物語」となり、最後には「成金物語」に変容したような生臭さが漂っていた。
その変容により、この番組自体の取り扱われ方が、企業のマネジメント読本(部下の尻をいかに引っぱたくか=部下の無能は部下の責任的な教育読本)に堕していった(堕すという表現はいささか過激かも知れないが、この番組の持っていた影響力を考えるとこのくらい言っても良いのではなかろうか)

その変容振りに、そして、変容した番組の象徴としてこの曲が使われ続けていたことに、みゆきさんもやりきれないものを感じていたのではないだろうか?
「そんな番組に私の曲(子供)を提供したわけじゃないよ!」とでもいうか…

それが、今回のアレンジにつながったと思うと、わかる気がする。
番組製作において最初の頃に持っていた「地上の星」たちへの共感が薄れていったこと。それを唯々諾々と受け入れていった視聴者。そんなものへの怒りとも言い得る表現が今回のアレンジなのかもしれない。

前の記事で、この曲の前に演奏された「本日、未熟者」で立ち上がって手拍子を送っていた人たちが固まったことを書いた。
この人たちは、彼女のこの曲にこめられた怒りの前に、立ちすくんでしまったのかもしれない。自分がいかに軽佻浮薄な存在であるか、身にしみたのかも。

今回「地上の星」があったからこそ、ラストの「背広の下のロックンロール」では大勢の人が立ち上がって、手拍子をとり、共感を表明したのかも…
ラストの曲で立ち上がった人たちは、「プロジェクトX」の初期の姿勢に共鳴した人たちでもあるのだろう。(少なくとも一人はそうだ)

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コンサートに行ってきた(中島みゆき)

生まれて初めて、コンサートを観に行った。
「中島みゆきコンサートツァー2007」

これまでは、仕事にかまけてコンサートだとか演劇だとかには行ってなかった。
でも、もう会社にはなんの義理も無い。
これからは楽しむんだぁ…と決めて、チケット申し込んだのが今年の春。
そしたら、当たったぁ\(~o~)/ = 一年の運を前半で使い果たしたともいう。
…えぇ、もちろん色々と根回し、策謀はしましたよ。この日のために(笑)

んで、感想等、雑記

・会場
会場(東京国際フォーラム)のHPが不親切。
喫煙所有りの案内を信じていったら…無い。
困るぅ…かの有名な千代田区だから、タバコのみにはきつい土地なのだ…。
それと、オリンピック招致の広告がいたるところにあるのは如何なものか?
都有の建物じゃないんだから、広告費は誰かの払った税金でまかなわれているのだろうに…

・ホール
とにかく広い。5000人収容だけのことはある。あれじゃ後ろの方は双眼鏡が要る。
いすは結構ふかふかしていて、かつ、広い(隣の人の肘があたるということはなかった)。
ホールが左右にも広いから、音響上は?と思う場面もあり。
今回の席はPA席から右やや後ろ、ということで音響には期待してたが、ちょっと右が強すぎたかなと思った。これがもっと端だとほとんどモノラルじゃなかろうか?

・観客層
年齢的には私が中間値くらいかな。前の方に座った方々の後頭部…かなりつややかな方が多かった気がする。
それでもライブということか、お若い方も大勢いた。私の前にはご家族連れで座ってらしたし…。よって平均値はもっと低いだろう。

…だけどね、開演前のブザーが鳴ったらおしゃべりは止めてほしい。
特に、お若い方独特の台詞棒読み型「ケタケタ」笑いは…癇に障るんだよ。

開演前、おぉ、あれが噂の赤いギターケースか…などと感動しておりました。
しかぁし…ギターケースの退場を見損ねた(;_:)
(後ろでいつまでもケタケタ言ってるんで、むかっとして振り向いたタイミングで退場していたのだ)

・(肝心な)みゆきさんの歌
今日は不調だったみたい。
2曲目の「一人で生まれてきたのだから」の出だしでちょっと?だったし、アンコールの「地上の星」でも声が裏返っていたし…
「ララバイSINGER」のなかに「アザミ嬢のララバイ」を入れるときにもちょっと噛んでいた。

それでも「唇をかみしめて」から「ファイト」(ほとんどアカペラ)、「誕生」はさすが歌姫。
…「ファイト」を聴いているうちに、組んだ指に痛いくらいの力が入っていた私。

「I Love You,答えてくれ」でちょっと一休みして、
「ボディ・トーク」…これは、やっぱり良い!
コンサートで聴くとやっぱ違う…お隣さんに気兼ねなく音が出せることの意味がよぉくわかります。

それから「地上の星」のアレンジ、ぶっ飛んでましたねぇ…
あれに相当するのは「命の別名(アルバム版)」…かな?
メロディアスというでなく、リズミカルというでなく…
前の方で、アンコール一曲目「本日、未熟者」のときに立ち上がっていた皆様…固まってました(笑)
万一、拙ブログをご覧の方で、これから行くという方は立ち上がるタイミングにご注意を…
(そんな人はいないな、うん)

…最後の曲「背広の下のロックンロール」では、私の前方の皆様は、ほとんど立ち上がって手拍子してましたが…
え、私?
そんな恥ずかしいこと…思いっきりしてました(^^)

・グッズ類
なはは、金使ったなぁ…^^;
パンフに、パスポート(スタンプ帳)、はてはDVDの予約申し込みまで…
ほぼ半月分の生活費が飛んだぞ^^;

開演前に、本日の曲目案内はどこ?スタンプ押す場所はどこ?と、うろたえまくっておりましたが、なんのこたぁない。
終演後ロビーに出たら、しっかり設営されてました。
(だから、コンサート初心者なんだってば…)

結論
来年の夜会も行きたいなぁ…

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2007年12月15日 (土)

減量

今日は通院の日。
出掛けにポケットに、耳栓代わりの携帯オーディオを入れるのを忘れていた。
いつもなら、「あ、やべ…」と、取りに帰るのだが、今日はどういうわけか「ま、いっか(^^)」とそのまま。通いの電車の中でも特に周りの音が気に障ることもなく、それを医者に話すと「あ、良くなってきたね(^^)」。
てなわけで、今回は頓服の安定剤を減量してもらった。

このまま、他の薬も切れると良いなぁ…

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2007年12月14日 (金)

杉原千畝を知っていますか?

杉原千畝という外交官がいた。
リトアニアの領事館在職中、本省からの訓令に抗して、ナチスからの迫害を受けていたユダヤ人への通過ビザを発行し続け「日本のシンドラー」と呼ばれる人である。
敗戦後、その行為により外務省を解雇された(名目上は敗戦後の人員削減対象)。

200年に河野外務大臣(当時)が、外務省が彼に向けた仕打ちについて謝罪演説を行っている。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/12/ekn_1010.html

こういう人がいたことはもっと知られて良いと思っていた。

…いたら、彼を題材としたミュージカル『SEMPO』が上演されるという。
楽曲提供は、中島みゆきさん。
あの「4.2.3.」(アルバム『わたしの子供になりなさい』収録)を書いた人が楽曲提供のオファーを受けるくらいだから、ただのお涙頂戴演劇ではなさそう。
期待したい…(て、観にいけるのか?^^;)

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2007年12月11日 (火)

忘れていはいけないこと(戦争)

本当は8月15日に書くべきだとは思うが、来年のその日までブログをやっているか、それ以前に生きているかもわからないんで、今書く。

12月8日。
カレンダーを見て気づいた。
1941年12月8日…日米開戦の日。

新聞を読み直してみたが、(大きな)見出しでの記事はない。
こんなことで良いのか?
沖縄戦についての教科書記述変更が大きな問題になったのは今年だぞ?

世代論は好まないが、私は徴兵を経験した親を持つ最後の世代だ。
親から聞いた断片だけでも発信しておこう。

あの戦争で、私の父と伯父は召集で、叔父は志願で陸軍にいっている。
皆故人となってしまい、もう直にその当時の話を聞く事はできない。
みんな戦争中に自分が為したことについてはほとんど語りたがらなかったことでもある。
ただ、子供の頃、家では戦争の残骸をまだ使っていた。
例えば
・星印の入った深緑色の毛布
・飯盒
など。
それから、使わないけれど父が取っておいたものに、銅のカナヅチ(自動車整備用の手工具だったらしい)や、照準線の入った何かの部品(砲隊鏡の部品?)が転がっていた。

以下のことは、子供の頃ぽつりぽつりと聞いた記憶(それが事実か否かはわからない)。

父:召集されるまで自動車会社の工員だったことが幸運したらしい。
輜重兵(整備兵)として内地にいたので、直接銃砲を扱うことはなくてすんだと言っていたっけ。
それでも、私が幼い頃、TVで南方戦線での戦記番組の類が始まるとチャンネルを変えていた。
なんにも知らない子供の私が「なんで?」と問うと、「同期で歩兵にとられたのは、あっちへ行って戦死したんだよ。だから見たくない」と説明してくれた。
敗戦で召集解除が決まってから、上官(下士官)を同僚と示し合わせて袋叩きにしたということ…。
よほど腹に据えかねていたんだろう。

伯父:甲種合格でいきなり中国戦線へ行き、敗戦まで帰国しなかったという。
母の曰く、「召集前と復員後では人が変わってしまった」ということだ。
また、現地で撮った写真を受け取った母が近所の従軍経験者にその写真を見てもらったら「この写真の装備だと最前線にいるぞ」と聞かされて青くなったとか…。
私が海外での仕事をするようになってから、ぽつりぽつりと(酔ったときに限り)説教がてら従軍時のことを話してくれた。
直属上官がどんなに優秀と認めても一期検閲を休んだので下士官昇進は無理と聞かされてから、不良古兵で結構と居直ったとか…。
戦争末期に関東軍から引き抜かれてきた部隊があまりにもお粗末。その部隊の兵士から「実弾演習をしたことがない」と聞きだして「あれだけ格好の良いことを言っていた『無敵関東軍』がこのざまか」と敗戦を覚悟したとか…。
終戦を知った現地の知り合い(中国人)から、「日本はもうだめだ。匿ってやるから脱走してここに留まれ」と勧められたのを、「自分には帰ってやらなきゃいけない家があるから…」と断って帰国したとか…。
この伯父は、酔う度に私に向かって「外地で、日本人として恥ずかしいまねはするな」と説教した。伯父の死後、母が愚痴交じりに「戦後の一時期、資産家でもないのに中国からの農業留学生を引き受けたりして…」と話したことがある。
伯父の説教の「日本人として恥ずかしいまねはするな」という意味は、昨今流行の「愛国」とは別のものだと思っている。

叔父:少年飛行兵に志願して特攻要員に選抜されたところで敗戦。
この人からは直接には一切戦争中の話を聞いたことがない。すべて母からの伝聞である。
志願といっても、貧農の家だから実際には口減らし。
入隊後はなかなか連絡が取れず、やっと面会ができたときにはもう特攻要員にされており、伯母と母の前でおいおい泣いていたという。

振り返ってみると、みんな軍隊生活の勇ましさ・格好の良さということは話していない。
(伯父の居直りだって、軍隊の仕組みに反抗したという話である。)
上級士官ならいざしらず、末端の兵士ではおいしいことはない。
むしろ、それまでの生活を断ち切られる苦役、そういうものだったんだろう。
だから、幼い子供たちには聞かせたくないという思い・子供が大人になってからは「あんなことはするな/させるな」と伝えたい思いがあったのだと考えている。

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2007年12月 9日 (日)

電子投票?

巡回させていただいているいくつかのブログで知ったこのニュース

(引用開始)
電子投票:国政選に導入 次期衆院選で実施可能に--自公と民主合意
 自民、公明両党と民主党は電子投票を国政選挙に導入するための公職選挙法特例法改正案に合意した。法案は7日の衆院政治倫理確立・公選法改正特別委員会で採決され、衆参の本会議で可決のうえ、今国会中に成立する見通しだ。

 施行期日は来年1月1日で、次期衆院選では一部の自治体で電子投票が実施される可能性がある。

 電子投票は、有権者が投票所に置かれたタッチパネルなどを操作し、画面に表示された候補者名などを選んで投票する方法。票数をコンピューターで集計するため、開票時間を大幅に短縮できるうえ、従来の「自書式」より高齢者や身障者の手間が省けるメリットもある。

 01年11月に成立した地方自治体電子投票特例法により、自治体では02年6月の岡山県新見市長・市議選で初めて電子投票が行われた。今年4月の統一地方選でも、青森県六戸町議選と宮城県白石市議選の2選挙でタッチパネル式の電子投票が実施されており、六戸町では開票作業29分、白石市も49分で終える実績を上げている。

 ただ、最高裁で選挙無効が確定した岐阜県可児市議選(03年7月)などの故障や人為ミスも発生している。このため、今年6月の通常国会では、公明党から「システムの信頼性」に懸念が示され、国政導入の法案は継続審議となっていた。

 国政選挙での電子投票導入は実施条例を独自に定めた自治体に限られ、政府は導入する自治体に対し交付金などで財政支援することを検討する。【七井辰男】

毎日新聞 2007年12月6日 東京夕刊
(引用終了)

どうして、電子化とかエレクトロニクスとか言われると良いこと尽くめと信じられるのかなぁ…

巡回先のブログの皆さんはこの危険性をいろんな角度でしてきしているんだけど。

これって、結構怖いことをやろうとしているんだよ。
その気になれば、不正投票ならぬ不正開票も可能になるし、それを防ぐための監視体制もそれなりのプロの手によらなければならなくなる。そのプロが不正を行わないようにするためのプロが必要になって、まるでロシアのマトリューシカ人形のように体制を組む気?選挙関連の仕事のために投票日に投票できる人がいなくなったりして(笑)。

それ以前に、機器の手配はどうする?(ひょっとして景気対策かよ?)
その金は?

何年か前にセンター試験のリスニング試験用プレイヤーで低性能&高価格&障害多発が話題になったような記憶がある。(はっきり言って民生用MP3プレイヤーを使った方がなんぼかましだったような)

国民の意思を受け止める選挙では、故意にせよ過失にせよ投票結果の集計に間違いは許されないわけで…今のメーカーにそれだけのシステムを作らせるのはかなり高くつく筈。
少なくとも国産メーカーや米国メーカーでは、先にも書いているように保守とか修理とかで緻密に作り上げる空気が消えてしまっている。その空気を立ち上げることから始まるのだから、高くついて当然。

誤解のないように言っておくが、「電子化するなら高くつく」のが当然というだけでなく、電子化していない今のシステムでも間違いは許されないので、それなりのコスト負担はしなければいけないのだ(職員の残業代等々)。
今のシステムだって万全とはいえないだろうが、少なくとも枯れている。
安全を確保するためには、技術(システム)が枯れているというのは非常に重要なことなのだ。

それなのに、あえて新しいシステムを導入するメリットが賛成した政党にはあるんだろうなぁ…

国会ではやっている…てか?
馬鹿も休み休み言え…ということだ。
国政選挙では秘密投票だよ。それでなお身代わり投票や二重投票を防ぐためのシステムを作るんだよ。
そう簡単にはできないだろうこと→金をかければなんとかなる「かもしれない」ことくらいわかりそうなもんだ。
今そんなことに使う金はどこから出てくるの?

ものすご~~く、疑問。

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2007年12月 4日 (火)

年末助け合い(葛藤)

12月になると「赤い羽根」募金が始まる。

薄情と思われるのを承知で言うと、善意を金で表現するということに強い抵抗を感じる。
したがって、これまで各種の「恵まれない人に…」ではじまる街頭募金箱に金を入れたことがない。
だいたい、その金のどれだけの量が経費に消えるか明細もだせないようなものに金は出せないのだ(←ただのケチともいう)。

屁理屈ではあるが、庶民の善意を当てにしなければいけない状態は、社会の不健康であると感じるのだ。だから、公共の場で「募金に協力を」といわれると寒気がする。
のみならず、TV等で政治家(特に政権党)が赤い羽根を襟に刺して満面に笑みをたたえているのを見ると虫唾が走る。
…募金が要らない社会を作るのが手前らの仕事だろ…と突っ込みたくなる。

献血なら、若い頃よくやった。白十字章は持っている。
献血ならば使途ははっきりしている(と当時は信じていた)からである。
しかし、仕事でマラリア流行域に行ってからは、これもやってない。
帰国後マラリアの症状を発した人が、病院で原因がわからずなかなか職場に戻れなかったから…。
まして、献血を介して伝染したら、発症した人には渡航経歴があるわけじゃなし、とんでもないことになりかねないとわかったためである。

さて、また年末がやってきた。
こんな私が世の中のためにできることなんてあるのだろうか?
多分、無い…な。

それでも時は過ぎてゆく。

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ええとぉ…良いのかな?

12月に入った。
もともと片付いているわけではない部屋も、少しは年明けに向けて…
というわけで、トイレの電球を買ってきた。

取り替えるのが億劫なので、白熱灯用灯具に電球型蛍光灯を使用している(省エネ云々というほどあたしゃ偉くない)。
これがもう7年を過ぎてそろそろ寿命かな?と思い、新しいものに換えることにした。
ところが…点かない(;_:)
販売店に持っていって試してもらうと…点く(;_:)

ここからが本題
思い余ってメーカーのHPから、メール問い合わせをかけた。
あまり期待はしていなかったのだが、メール送信から10分ほどしたところ突然メーカーサポートから電話…
内容としては「これこれこうなっている可能性があるから対策部品を送りたい」とのこと。
ふむふむと合意して電話を切ったが、ここで疑問が…

・応答が実に早い
・対策部品がすでにある

…欠陥品ではないのかぁ?
まぁ、たかだ電球、それも火を噴くような話じゃないから良いにしても…
だったら、直した製品を市場に出せよ…と思うのは私だけだろうか?
少なくとも対策部品を同梱しておけよ。

なんかさぁ、問題を指摘されたら対応するって空気があるなぁ。
もっと高額の品物はこのメーカーから買うのは止そう。
…といいつつ回りを見れば、このメーカーのもの結構使っている…桑原桑原…

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2007年12月 2日 (日)

想像力

前記事をTBさせていただいたgegengaさんのところのコメント欄で拝見した内容から考えてしまった。

想像力というものを殺すこと、これが所謂「勝ち組」に這い上がる条件とされているのではないだろうか?

先の記事にあげた厚生労働大臣は最高学府で教鞭をとっていたという。
ある意味で「なるほど」とも思う。
これまでの彼の言動
・立場の弱いものへの蔑視(業務委託先(地方自治体)からの抗議への「小人」発言)
・できもしないことを公約に掲げておいて、いざとなると遁走(記録漏れ調査の件)
・言葉のすり替え(サービス残業推進法=ホワイトカラーエグゼンプション→家族団らん)

こういうことを教えていたのね?
思うに、上記言動は彼の「事がうまく運ばない事態」に対する想像力の欠如を示している。
「自分の立場があっち側だったら」という想像力がないから、立場の弱いものへの蔑視を言動に表すことに不審を感じない。
うまく事が運ばなかったときの対策を用意していないから、いざとなったら逃げるしか無い。
問題の原点をを理解していないから言葉のすり替えでごまかせると信じている。

おそらく、彼一人の問題ではないのであろう。
残念ながら、その教育の効果は私の住むこの社会に浸透してきている。
高学歴者の想像力が落ちている。
それは現在の職制のなかで彼らの出世が早いためもあって見えやすい。

今で言う特定派遣から、いくつか職場/会社を経てきて思う事例。
大きな会社になるほど、KY(危険予知)が形骸化している。
「ここがうまく動かなかったときは…」という想像力を働かすことが【悪】とされる。
そういう発言や行動をする毎に、上から疎まれる。
…で、たまたまKYでも漏れてトラブルが起きると、「KYができてない=たるんどる」と言われる。
言われた方はたまったものではない。それまで一所懸命考え努力してする行為を否定し続けてきた野郎から言われる筋じゃねぇ…となる。
しかし、言う方(上)がその立場に行き着くためには、さらにその上から同じように努力を否定され、そのことに疑問を感じなくなっているのである。
さらに問題に思えるのは、高学歴であるほど、想像力の翼を広げなくなっているように見えることである。むしろ、低学歴で現場の叩き上げの人のほうが、愚直とも思えるほどにKYに取り組んでいる。ただ、こういう現場の人は作文が苦手なので「ノウハウ」が周囲に見えていないという欠点があり、その一点においてのみ、高学歴者のプレゼン能力に引けをとる。

特に、サービス系の会社組織でこの傾向は顕著に顕れる。
さすがにメーカーでは、結果が上からでも下からでも明確に顕れるため、こういった傾向はまだ少ないようではある。

なお、高学歴者の中でも、さすがと思わせる人がいないわけではない。
ただ、そうではない人が最近増えてきたというだけのことではある。
ではあるが、将来に禍根を残すことがなければ良いが…と思う。
事が教育に関わっているだけに、影響が広がりすぎてからでは手の打ちようがないのだから。

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2007年12月 1日 (土)

おぃ(怒)

日本国憲法(法務省公開資料 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html より)

第二十五条  すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
○2  国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

朝日新聞の報道(asahi.comからコピペ:誤認を避けるため全文引用)
一応時系列順に…

(引用開始)
改正最低賃金法が成立 ワーキングプア解消狙う
2007年11月28日15時29分

 最低賃金の引き上げを図る最低賃金法改正案と労働契約の基本ルールを定めた労働契約法案が、28日午前の参院本会議で賛成多数で可決、成立した。民主党は当初、両案に対案をぶつけて対決姿勢を強めていたが、衆院で与党との修正協議を経て、賛成に転じていた。

 改正最低賃金法は、生活保護以下の収入しか得られないワーキングプアの解消を目指し、最低賃金を決める際、「生活保護に係る施策との整合性に配慮する」ことを明記。修正協議で「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう」との文言も加わった。最低賃金未満で働かせた企業への罰則も、労働者1人あたり「2万円以下」から「50万円以下」に引き上げる。

 労働契約法は、採用や解雇などのルールを明確にし、労働者個人と企業との紛争を抑えることを狙う。修正協議では、非正社員の待遇を改善するため、労働契約を「就業の実態に応じて均衡を考慮しつつ締結する」との原則も加えられた。

 また、職場での介助犬受け入れを義務化する身体障害者補助犬法改正案と、介護の質の向上を目指す社会福祉士・介護福祉士法改正案も可決、成立した。
(引用終了)

 生活保護受給額より受け取れる賃金が安いという事態を解消しようということね。
 ちぃと気に入らない文言もあるけど(労働者でなくても(生活保護を受けている人も)「健康で文化的な最低限度の生活を営む」権利はあるんだけどね。)まぁ、底辺を底上げしようということだよね。了解。

 
 さて、次
(引用開始)
生活保護の減額容認 厚労省検討会「低所得世帯上回る」

 生活保護の支給基準の見直しを行う厚生労働省の検討会の報告書案が29日、明らかになった。低所得世帯の消費支出に比べ、生活保護世帯が受け取っている食費や光熱水費などの生活費(生活扶助)の額の方が高くなっていると指摘。厚労省に対して「基準の見直しには報告書の評価・検証の結果を参考とするよう期待する」とし、支給引き下げを事実上認める内容になっている。

 有識者による「生活扶助基準に関する検討会」の30日の会合に提出される。厚労省は見直しについて「可能であれば、来年度予算編成で対応したい」として、来年4月からの引き下げを視野に検討に入る。だが、保護基準は最低限度の生活に必要な費用を示すもので、その切り下げは受給の打ち切りや、生活保護との整合性に配慮するとされた最低賃金の底上げに逆行するなど影響が大きく、厚労省も慎重な判断が求められそうだ。

 報告書案は、生活保護の支給額が高すぎると国民の公平感が損なわれるとの観点から、生活保護費の中の生活扶助について、全国消費実態調査(04年)をもとに検討。全世帯で収入が下から1割にあたる低所得世帯の生活費との比較が妥当だと明記した。

 その結果、夫婦と子の3人世帯の場合、低所得世帯の生活費が月14万8781円に対し、生活保護世帯の生活扶助費は平均15万408円と、約1600円高かった。60歳以上の単身世帯は、低所得者6万2831円に対し、生活扶助費は8000円以上高い7万1209円だった、とした。

 また、地域の物価水準の違いなどから、都市部の基準額を地方よりも最大22.5%高くしている現行制度について「地域間の消費水準の差は縮小している」と指摘した。
(引用終了)

 おぃおぃ、最低賃金とつりあわないからといって、低い方にあわせるかぁ?
 公平感が損なわれるって、じゃ、高所得者との公平感はどうすんだよ?
 貧乏人同士いがみあわせて、高みの見物かよ。
 歴史の授業で習った少数者による搾取支配とおんなじ構図じゃないか。
 (こういうとこでだけ、勉強の成果を見せるなよ)

 …で、とどめ…
(引用開始)
舛添厚労相、生活保護引き下げ検討 激変緩和措置導入も
2007年11月30日11時48分

 厚生労働省の検討会が生活保護基準の高さを指摘する報告書をまとめたことについて、舛添厚労相は30日の閣議後の記者会見で「きちんと受け止めたうえで、来年度予算の編成過程でどう具体化するのか、政治的判断を加えなければならない。第一歩としてこれをもとに作業してみたい」と述べ、基準引き下げを検討していく方針を示した。

 報告書は、この日午前開かれた「生活扶助基準に関する検討会」で正式に決定。低所得世帯の消費支出に比べ、生活保護世帯の受給額の方が高くなっていると指摘している。

 ただ、生活保護基準の引き下げは受給の打ち切りにつながり、最低賃金の底上げに逆行するなど影響が大きい。舛添氏は「(報告書を)一つのたたき台として国民的議論を巻き起こす必要がある」とする一方で、「非常にきめの細かい激変緩和措置をやって、若干下がるにしても明日から立ちいかなくなることは絶対に避けたい」とも話した。
(引用終了)

 あ…こら、生活水準引き下げを「第一歩に…」だとぉ(怒・怒・怒)!!!!
 大臣やるなら、それと一応学者だというのなら日本国憲法くらい読んでおけ!
 憲法第25条になんと書いてある?
 大臣(特別公務員)やるなら99条も読んでおけ!
 それとも、東京大学じゃ憲法を教えてないとでも言うのか?
 はばかりながら、憲法25条と99条くらい、おいらは中学校で教わったぞ!
 それから、低所得者層の生活費が減るつうことは、消費の収縮=景気後退ということではないか?
 景気回復謳うなら、収入に対する消費の割合の高い層への実質収入アップを政策としなければならんのではないか?そもそも消費税アップの口実が社会保障の充実だろう←与党さま。

 もう、はちゃめちゃ…

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