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2007年12月11日 (火)

忘れていはいけないこと(戦争)

本当は8月15日に書くべきだとは思うが、来年のその日までブログをやっているか、それ以前に生きているかもわからないんで、今書く。

12月8日。
カレンダーを見て気づいた。
1941年12月8日…日米開戦の日。

新聞を読み直してみたが、(大きな)見出しでの記事はない。
こんなことで良いのか?
沖縄戦についての教科書記述変更が大きな問題になったのは今年だぞ?

世代論は好まないが、私は徴兵を経験した親を持つ最後の世代だ。
親から聞いた断片だけでも発信しておこう。

あの戦争で、私の父と伯父は召集で、叔父は志願で陸軍にいっている。
皆故人となってしまい、もう直にその当時の話を聞く事はできない。
みんな戦争中に自分が為したことについてはほとんど語りたがらなかったことでもある。
ただ、子供の頃、家では戦争の残骸をまだ使っていた。
例えば
・星印の入った深緑色の毛布
・飯盒
など。
それから、使わないけれど父が取っておいたものに、銅のカナヅチ(自動車整備用の手工具だったらしい)や、照準線の入った何かの部品(砲隊鏡の部品?)が転がっていた。

以下のことは、子供の頃ぽつりぽつりと聞いた記憶(それが事実か否かはわからない)。

父:召集されるまで自動車会社の工員だったことが幸運したらしい。
輜重兵(整備兵)として内地にいたので、直接銃砲を扱うことはなくてすんだと言っていたっけ。
それでも、私が幼い頃、TVで南方戦線での戦記番組の類が始まるとチャンネルを変えていた。
なんにも知らない子供の私が「なんで?」と問うと、「同期で歩兵にとられたのは、あっちへ行って戦死したんだよ。だから見たくない」と説明してくれた。
敗戦で召集解除が決まってから、上官(下士官)を同僚と示し合わせて袋叩きにしたということ…。
よほど腹に据えかねていたんだろう。

伯父:甲種合格でいきなり中国戦線へ行き、敗戦まで帰国しなかったという。
母の曰く、「召集前と復員後では人が変わってしまった」ということだ。
また、現地で撮った写真を受け取った母が近所の従軍経験者にその写真を見てもらったら「この写真の装備だと最前線にいるぞ」と聞かされて青くなったとか…。
私が海外での仕事をするようになってから、ぽつりぽつりと(酔ったときに限り)説教がてら従軍時のことを話してくれた。
直属上官がどんなに優秀と認めても一期検閲を休んだので下士官昇進は無理と聞かされてから、不良古兵で結構と居直ったとか…。
戦争末期に関東軍から引き抜かれてきた部隊があまりにもお粗末。その部隊の兵士から「実弾演習をしたことがない」と聞きだして「あれだけ格好の良いことを言っていた『無敵関東軍』がこのざまか」と敗戦を覚悟したとか…。
終戦を知った現地の知り合い(中国人)から、「日本はもうだめだ。匿ってやるから脱走してここに留まれ」と勧められたのを、「自分には帰ってやらなきゃいけない家があるから…」と断って帰国したとか…。
この伯父は、酔う度に私に向かって「外地で、日本人として恥ずかしいまねはするな」と説教した。伯父の死後、母が愚痴交じりに「戦後の一時期、資産家でもないのに中国からの農業留学生を引き受けたりして…」と話したことがある。
伯父の説教の「日本人として恥ずかしいまねはするな」という意味は、昨今流行の「愛国」とは別のものだと思っている。

叔父:少年飛行兵に志願して特攻要員に選抜されたところで敗戦。
この人からは直接には一切戦争中の話を聞いたことがない。すべて母からの伝聞である。
志願といっても、貧農の家だから実際には口減らし。
入隊後はなかなか連絡が取れず、やっと面会ができたときにはもう特攻要員にされており、伯母と母の前でおいおい泣いていたという。

振り返ってみると、みんな軍隊生活の勇ましさ・格好の良さということは話していない。
(伯父の居直りだって、軍隊の仕組みに反抗したという話である。)
上級士官ならいざしらず、末端の兵士ではおいしいことはない。
むしろ、それまでの生活を断ち切られる苦役、そういうものだったんだろう。
だから、幼い子供たちには聞かせたくないという思い・子供が大人になってからは「あんなことはするな/させるな」と伝えたい思いがあったのだと考えている。

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コメント

私の父は、徴兵検査のときに不合格となり、戦争には行かなかったそうです。歯が悪く、若くして”総入れ歯”でした。
父曰く「菓子職人の修行中、味見をして、甘い物を食べてばかりいたから、入れ歯になっちまった。」と言っていたが、本当かどうか、故人となった今は知る由も無いが・・・。
戦争に行かなかった父は、幼なじみの友人を沢山亡くし、弟はシベリアに抑留され、大変な時期を過ごしたそうだ。その方は幸いにも帰還できたが、友人をシベリアで沢山亡くしてしまった。
戦争ってなんなんだろう?と考えると、なんか政治みたいな気がする。一部の人間がすべてを決定し、末端の人間を無視してしまう。いまの日本がそうなのかな?
”勝ち組”と称する人間が支配しているような現在(そう思っているのは私に僻みか?)、何かがおかしい!。
一握りの者が利益を受けているように感じているのは私だけだろうか?。
つまらないぼやきになってしまいました。

そうそう、冒頭にありました銅のハンマー、御母堂さまより真鍮のものと一緒に、私が頂きました。大切に使っております。

投稿: 道楽屋 | 2007年12月12日 (水) 08時27分

>道楽屋さん

コメント感謝m(__)m

>”勝ち組”と称する人間が支配しているような現在(そう思っているのは私に僻みか?)、

いえいえ 決して僻みではないと思います。
戦争は政治の一手段であると、なんかの本に書いてありました。世の中のありかたがおかしくなっていたから戦争につながっていったのかもしれません。

その惧れを常に持って生きていけば、どこかでおかしな流れを止められると期待しましょうよ。

それから…
政治ってぇのは、必ずしも「一部の人間がすべてを決定」するものではないでしょう。もしそうなら、それを変えていきましょう。

投稿: とみんぐ | 2007年12月12日 (水) 20時40分

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 前回のエントリー「千里山で昆虫採集」に対し三介さん、仲@ukiukiさんからご丁寧なコメントをいただきました。これについてあれこれ考えていると、やはり本文でご [続きを読む]

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