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2008年3月15日 (土)

「道徳」とか「どう解く」とか「どう説く」とか

教育基本法の改正に対応した学習指導要領案の主な改訂点の1ページ目…
まぁ、よくも並べた「道徳」という単語。

正直なところ、学校に「道徳の時間」というものがあるのを忘れていた。
これ、はっきり無駄だと思う。
具体的な中身が見えてこないんだな、「道徳学習」ってやつは…。
だいたい、「各教科等においても、道徳の教育内容を適切に指導することを明確化。」ってのがわからない。理科で道徳って何?まさか水伝説を真実として教える気…(ちょっとありそうで怖い)

大事なことは事柄の問題点を見つけて「どう解く」か、そしてその解法を他人に「どう説く」かという手法を身につけることなんじゃなかろうか?

それなら「道徳の時間」なんてご大層なものはいらんだろう。
むしろ、その時間を数学・国語・理科・社会・保健体育をきちんと、正確に教えることに使った方が良いんでないかい?
(英語は日本語をある程度こなせれば、生きていくうえでの最低限の会話ぐらいは何とかなる←海外の工事現場にて実感済:そもそも個々人において今後必要になる外国語が英語とは限るまい。)

数学において、結論は同じでも解法は一様ではないことを知り、
理科において、物理法則は人間の意図では変えられないことを知り、
国語において、論理的な或は情緒的な文章を読み解き表現できる技法を知り、
社会において、人類の試行錯誤の経過を知り、
保健体育において、頭の中で考えたことを肉体で表現することの難しさを知り、
全ての学科において、人間は工業部品ではないこと、即ち個々人は各々違っていて当たり前、その違いを相互に尊重しあうことで社会が維持できていることを知ってもらうこと。

「教えてやる」というのではなく「知る」ということの手助けをする…それが学校教育、特に初等教育の主眼であろう。

歴史の流れの中で「道徳」って規範はどんどん変化した。
私が生まれる前には「修身」ってことで、「臣民」教育がされた。
その結果がどうなったか…。
その反省を受けて、それまでの人類の英知の蓄積を理想を高らかに謳い上げたのが現在の憲法であり、一昨年までの教育基本法だ。
そのことを踏まえたうえで「道徳」単体を教えることに困難を感じないような人間には、教員をやってほしくない。

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