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2008年3月22日 (土)

無自覚な○○たち

そもそも「この国に住まわせてもらっている(からお上にたてつくな)」なんぞと一見謙虚に言ってる輩の心中は、自分が「お上」になったと錯覚した瞬間に「この国に住まわせてやっている(からお上にたてつくな)」になるわけで。共通している部分は「お上にたてつくな」という権力者に媚をうる醜態でしかない。
そこにあるのは、自分より上か下かでしか他人を見ることのできない=差別主義であり、下劣な利己主義の残骸でしか無い。彼らには「知識」はあっても「知性」はない

それゆえに、彼らの言動には一貫性が欠けることになる。
最近の例では…
(1)あるところでは、国歌・国旗に対する敬意の外形的表明の強要は当然であると主張し
(2)別のところでは、国家権力への反発を称揚する

(1)と(2)が国家というものの捉え方において、まったく逆のベクトルを有していることに気づかない。
通常、こういうのは「ダブルスタンダード(略称:ダブスタ)」と呼ばれるのだが…

彼らにとって、自分が快であることがいかなる場合であっても最優先されるべき事柄であり、他者は彼らに仕える下僕でなければならない…と信じているとしか思えないのだな。
そして、強者に媚を売ることによって快を得ている彼らとしては、身近な自国においてはそこでの強者にすりよる(1)の主張を行い、国際社会での出来事についてはそこでの強者へすりよるために(2)の主張を行う。
そこに人類普遍の考え方とか理想とかいう概念は入ってこない。

その点について、彼らはまったく無自覚なのだ。

そういう手合いから「日本国民として云々」とぎゃあぎゃわめかれるのは、非常に不愉快なのだ。
彼らが日本国のあり方を規定している精神から程遠いところにいるのは明らかだから。

以上について異論はあるだろう。異論を持つ自由を私は認める。
しかし、それならばせめて下記の文の持つ意味を勉強してくれ。
国際社会から名誉ある地位を占めるにあたり、自分たちの行動が専制と隷従・圧迫と偏狭にどう対峙しているのかを考えてくれ。

日本国憲法前文より抜粋
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われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
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