« 啖呵(浅田次郎 天切り松) | トップページ | はしたない »

2008年4月 2日 (水)

2006年11月を思い出す

Gazing at the Celestial Blue様のところの記事を読んで、一年余り前(2006年11月)のことを思い出してしまった。
あのときより事態は深刻な気がする。

あのときは生徒さんの側の対外的なアクションに対するリアクションだった。
今回のケースは、産経新聞社(およびその裏にいる連中)が、積極的に悪意を向ける先を探し出したように思うのだ。
何というか、日本は監視社会を志向しているぞ、俺はその尖兵たるぞと産経新聞社(およびその裏にいる連中)が宣言しているような…そんな薄気味悪い気持ちのすることだ。

前掲記事にも引用されているが、なんでわざわざ2週間経ってから報道するのか?
それだけの時間があったのに、特定の学校だけを取り上げるのか?
意図は明白だろう…その学校を特殊な存在と印象付け、特殊な存在=叩くべき存在と認識させようとしたのだ。
それを補強しようとしているのが、街宣をかけたり、罵声電話や無言電話をかけている連中だ。

君が代なんて、たかが歌じゃねぇか。
いちいち起立しろとか、歌えとか命令していてどうすんだよ。
国歌だから命令しても歌わせなきゃならないのか?
笑わせるんじゃないよ。

それとも…お上の命令が無ければ行動しない人間を作りたいか。
上見て歩くな、下見て暮らせ…てか?
そんなにこの社会を閉塞させたいのか?
日本から自由な発想を生む活力を奪いたいのか?
それで、この社会に何が得られる?

門真三中の先生方には頭の下がる思いがする。
今のこのご時勢に、君が代が背負った過去をきちんと伝えたのだから…。
そして、自分の判断で着席なり起立なりした生徒さんがいることに安堵する。

|

« 啖呵(浅田次郎 天切り松) | トップページ | はしたない »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

やはりとみんぐさんもあのときのことを想い出しましたか……。
「歌うのが当然」というのは、それはそれでひとつの主張でしょう。私は賛同はしませんし、それに対して反対もしますけれど、それだけのこと。

でもこれは許せない。なぜちゃんとNoを投げつけてきた相手に直接向き合わない。こういうのを卑劣な人間のクズと言うのだと、私は思うのですがね。

自称愛国者ってのは、みんなこんなのばっかりなんでしょうか?

投稿: うちゃ | 2008年4月 2日 (水) 22時59分

うちゃさん、どうも。

15歳と言えば、昔なら元服だし、そこまで遡らなくとも、中学卒業直後から税金を納め始める人だっているわけです。
そんな歳なのだから、この世の中の諸々に対して自分なりの考えを持っていたって何の不思議も無いのですよね。そこに向き合わず、卑劣な側面攻撃ばかりする。
同校の卒業生が「物言わぬ」大人のまねをすることはないと思うのです。

自称愛国者ってのは、あくまでも「自称」ですから…「自称」大学生と同じメンタリティなのでしょう。

投稿: とみんぐ | 2008年4月 4日 (金) 21時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/224266/40741716

この記事へのトラックバック一覧です: 2006年11月を思い出す:

« 啖呵(浅田次郎 天切り松) | トップページ | はしたない »