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2008年8月24日 (日)

事実と真実(囚われないこと)

事実:実際に起こった事柄。また、実際に存在する事柄
真実:物事の奥深くにひそむ本質的な事柄
(出典:明鏡国語辞典)

「事実を以って真実を語らしむ」という言葉がある。
事実は事実として存在する。
しかし、その事実から同一の認識を真実として共有できるとは限らない。
いろいろな事実を組み合わせることによって、初めて真実を共有できることのほうが多いだろう。
そうやって、多面的な事実の積み重ねにより、人は真実を知識として共有する。

例えば、ここに円柱がある…とする。
ある人(A)はこれを円断面の方向から見て
「これは丸い」という事実を認識する。ここで、Aはこの円柱を球体として認識しているかもしれない。Aから見た円柱は丸いのだから、彼にとっては見えているものは球であることが真実なのだ。
さて、同じ円柱を90度違う角度から見ていた人(B)がいる。
Bにしたら、この物体は四角柱というのが真実なのだ。
ここで、AとBがそれぞれ「自分にはこう見えているという『事実』」に依拠して、己の「真実」を絶対無二のものとして主張したらどうなるか?
円柱(これが本来の「事実」)を、Aは球であると言い張り、Bは角柱と言い張る。
挙句の果てに喧嘩なんぞ始めたら、笑い話にもなりはしない。

だからこそ…事実というものは多面的に検証され、共有されなければならない。
それによって、人は「真実」を共有することができる。
例は極めて単純なものだ。世の中に起きている出来事を、全てこのように単純化できれば楽だろう。
だけど、それは夢物語だ。なればこそ、物事を安易に見極めたとは言いたくないし、言われたくない。見極めたと錯覚した瞬間、目の前にある「事実」に囚われて「真実」を見極める機会を失うのだから。

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