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2008年11月12日 (水)

知識の敷居

子供のころ、家に百科事典が届いた。
でもって、それにのめりこんだのが末っ子の私である。
あのバカでかい本を満身の力をこめて本棚から引きずり出し、片っぱしから目を通した。
付録の地図の地名を本編の項目と照らし合わせ、現実には絶対行くことのない(と思っていた)異国の地に思いを馳せた。
哲学用語なども、理解というにはほど遠いにせよ、なんか面白そうというだけで、次々に関連項目を読み漁った。
たぶん小学校卒業するころには、一通り読み終えていたはずだ。
百科事典に紹介されている言葉から、後になって読んだ本も多い。

今考えると、かなり無理をして子供たちのために買ってくれたんだと思う。
なにしろ、高価だったし場所もとった。

ところが…
今では、あのバカでかい本の山が(図表抜きとはいえ)たった300g、掌に収まる大きさに化けている。
昔は百科事典をポケットに入れて持ち歩くことなんか、想像もできなかった。
広辞苑だって、持ち歩くのはちと辛い。百科事典を電車の中で立ち読みしていたら「変な人」であろう。
(いや、実際に専門書らしき本を満員電車の中で広げている人を見たことはあるが…はっきり言って《迷惑》だった)
それが、文庫本とほぼ同じサイズに収まっているのである。
これなら、電車の中で広げてもさして迷惑にはならない…だろう。

その意味では、知識への敷居は昔より低くなったと思う。
思うが…だからこそ、知識の多寡と知性の質との間にある溝が浮き彫りになる時代でもあるのではなかろうか?

他人が書いてくれた「知識」を入手するのは、現代では比較的容易いことである。
しかし、その「知識」を血肉化し自らの体内に取り込むのは、そんなに簡単なことではない。
それは、今も昔も変わらないことだと思う。

他人の言うことを鵜呑みにせず、「あれ?」と思える感覚…こういう感覚を持ち、その疑問の因ってくる所以を追及する好奇心…こういう思考法を身につけてこそ、「知識」が活きてくるのではないかと思うのだ。

そして、否応もなく他人とかかわらなくては生きていけない社会の中で、「知識」とは他人を貶めるために使うものではないと思うのだ。

ついでに言うと、「知識」を入手するための手段としての高等教育…
これも、昔からハードルが高かった。
それは、つまるところ「金」がかかるからだ。
だから、「知識」を高等教育によって入手した人が、そのハードルを越えられなかった人を貶めるために「知識」を用いる光景は見るに堪えないのだ。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

超心理学ハンドブックという、少し古い本がありまして。図書館では辞書コーナーに置かれていたりするのですが。まあ、タイトルの通り超能力を本気で主張している「キワモノ」本。

これ、1頁目から飛ばしています。本多勝一が、渡辺昇一やイザヤ・ベンダサンを批判した文を引用しているのですが、なんと「超心理学に対する批判」を、渡辺昇一やベンダサンの論法になぞらえているのです。
つまり、
本多勝一=事実=超心理学
ベンダサン=イカサマ=超心理学批判
との図式を作って、超能力が事実であるのだと我田引水している(!)。

まあ、物凄い話です。自分の立場を援用するためなら、「悪魔でも聖書をひくことができる。身勝手な目的に」とは正にこういうものかと。


ここまでは枕。問題は、この超能力本で本多勝一を使ったのは冒頭のみ。あとは、何のフォローもなく自説開陳が続くということ。
つまり、あらかじめ自分の立場を主張するという目的があって、そのための手段として「本多勝一という知識」を使っている。知識それ自体、即ち本多勝一に関する理解や検討はなーんも無し。
こういうやり方で自説を補強したがる人はゴロゴロいます。あらかじめ決まった自分の立場(つかプライド)を守るために、他人のカッコイイ言葉を引用して悦に入る。

ま、こういう手合いは科学的思考とも事実の追及とも縁遠く、オカルトマニアと親和性が高い(笑)ということなのですが。

投稿: 人生アウト | 2008年11月13日 (木) 22時27分

人生アウトさん
枕の部分に思いっきり反応しちゃいます(笑)。

「超心理学ハンドブック」…なんか逝っちゃってるタイトルですなぁ。
この本は読んでないけど、本多勝一VSイザヤ・ベンダサン&渡部昇一 ということは「中国の旅」が元ネタかな?

>本多勝一=事実=超心理学
>ベンダサン=イカサマ=超心理学批判

いやぁ、
 本多勝一=超心理学批判
 ベンダサン=超心理学
なら、なんとなくわかる気もするんですが。

だって…ベンダサンて、浅見定雄にコテンパンにされた山本七平ですよね。
「にせユダヤ人と日本人」は、文科系学問におけるニセ科学批判の典型的成功例だと思うんですがね。

>あらかじめ決まった自分の立場(つかプライド)を守るために、他人のカッコイイ言葉を引用して悦に入る。

えぇ、沢山いますねぇ…でもって、さらに「カッコイイ」言葉に遭うところりと立場を変えたりする…だからこういう手合いを相手にするときは、戦術的に相手に合わせるということは私もやりますな(^^ゞ。

>ま、こういう手合いは科学的思考とも事実の追及とも縁遠く、オカルトマニアと親和性が高い(笑)ということなのですが。

ふむ、自称「ニセ○○批判者」に多くいそうなパターンですな。

投稿: とみんぐ | 2008年11月14日 (金) 07時38分

百科事典を愛読ってすごいなあ。
わたしだと、広辞苑程度。
だから、言葉の周辺でうろうろしているのかな。

投稿: kuroneko | 2008年11月14日 (金) 11時06分

kuronekoさん

すごく…ありまっせん。
それしか与えてもらえなかっただけです(^^ゞ
だから、そこから深まることはなかったんです。
それに、中学入ったら「進路<金の稼ぎ方」なんてのもかなり現実味を帯びてきて、単純な知識の吸収ってことはできなくなりました。
(お気づきかもしれませんが、このエントリーはkuronekoさんのお宅の記事も、ちょいと刺激になってます)

投稿: とみんぐ | 2008年11月14日 (金) 20時27分

そういえば、内田樹ブログ16日の記事で、知識の効果(が人をバカにする)ことが触れられていましたね。
ラクに知識を得ることでトクをする、ことをクレバーだと思っているのがバカだと。それが社会の主流になりつつあると。

投稿: 人生アウト | 2008年11月17日 (月) 06時02分

辞書はやっぱり紙のほうが好き。

広辞苑が『持ち歩くにはちと辛い』ですとぉ!?
イミダスとか現代用語の基礎知識くらいなら学校の帰りに読めますよ!
て言うか読んでました。
塾の講師に目撃されて、思いっきり笑い話のネタにされました。

あ、みなさーん。
百科事典は『読み物としても』面白いですよ。
編集者の執念が透けて見えたりする項目があったりして。法制史の教授と盛り上がったりしました。

投稿: sutehun | 2008年11月17日 (月) 07時36分

人生アウトさん
そういう「クレバーさ」は一所懸命持とうとするんですよね。
でもって、現場に出ると「ねじの頭潰したからもう外せない」とか、ぬかすわけですよ…そもそもネジ回しの使い方を身につけてないからとはいえ、「お前、ニッパ持ってるだろ!」と言いたくなったりするわけですな。

sutehunさん
お久しぶりです。
>塾の講師に目撃されて、思いっきり笑い話のネタにされました。
でしょ、でしょっ!
それが普通ですっ。
つうか、マチ一杯に広げた状態まで教科書や辞書詰め込んだ鞄のほかに、3kg近いカメラ機材を持ち歩いてたら…それ以上は持つ気になれませんでした。
>百科事典は『読み物としても』面白いですよ。
確かにそうですね。だから、今の電子辞書ってのは便利じゃあるんですよ。
…法制史…学問としてはやりたかったんだよなぁ。
憲法史なんて、ほんとに面白そうだったんだけど…それで飯が食える自信がなかった(ρ_;)

投稿: とみんぐ | 2008年11月17日 (月) 20時11分

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