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2009年6月23日 (火)

米百俵ってさぁ…

どっかの国に…

人材派遣法を改訂して派遣切りを容易にしたり、日本中の郵便局網をぶっ壊して簡保の宿をお友達に大安売りする仕掛けを作ったり、年寄りには金をかけない医療制度を導入したり、…象徴的なエピソードとして、この人物から「痛みに耐えてよくがんばった」と称賛されたプロ運動選手は、その後鳴かず飛ばずの状態に陥って引退した

総理大臣がいたんだけど…

この大臣、盛んに「強い国、日本」を目指すと公言し、そのためには今を我慢しろというお説教に「米百俵」を持ち出したんだと思うんだけど…。
国民の生活向上に気概を持つ政治家なら、国民にただひたすら我慢を強いるんじゃなくて、こういうことをしなくちゃいけなかったんじゃないのかなぁ?(いや、政治屋なら、まぁあの言動も理解できなくはないけどね)

 日本で「派遣切り」が広がっていた1月中旬、オランダ北東部の金属部品メーカー、ラーデマーカースも世界不況の波に洗われていた。昨夏以降、受注量が半減。約130人いる従業員の雇用維持が難しい状況で、社長が決断したのは、解雇ではなく、働く時間を分け合い雇用を守るワークシェアリングだった。
 5月下旬、社内の会議室でコル・ブロックさんは同僚と表計算ソフトに取り組んでいた。現場に入るのは週3日。あと2日は会社の研修コースで技能を身につける。4週間のコースを終えたら、次は原料買い付けや機械補修のノウハウを学ぶつもりだ。
 政府が昨秋打ち出した「時短奨励制度」が契機になった。社員に研修の場を用意することなどを条件に時短に伴う給与減額分の7割を最長15カ月間、失業保険の財源で国が穴埋めする。オランダが得意とするワークシェアリングを深化させ、経済危機を乗り切る試みだ。
 同社は制度の申請にあたって労使で協議。公費で賄えない分は会社が負担し、従業員には時短前の給与を当面100%維持することで合意した。「
不況はいつか終わる。その間に従業員の技能が向上すれば、次の景気回復でもっと飛躍できる」と人事部門の責任者はいう。(6月21日 朝日新聞)

 
さて、我が祖国…日本
 
 
この冬、「派遣村」がマスコミで頻繁に取り上げられていた(今はあまり報道されてはいないようだけれど、状況は変わっちゃおらんだろう…ということはさておき)。

その中でNHKスペシャル「緊急報告 製造業派遣は何をもたらしたのか」から…派遣切りの問題を取り上げられていて、現行の制度の基礎にある問題点は、企業の側にもある程度認識があるように感じられたのが救い。<ただし、まだまだ認識は甘いな…とも思えた。
取材対象の若者が求人先の面接を受けに行って、5分で出てきた…

落とされた理由が「ノギスが使えない」…。

これだけ見れば、落とす理由もわからないわけじゃない。機械関係の製品を作るとき、ノギスを使う技能(少なくともその仕組みを肌で知っていること)は必須だろうから。
しかし、彼がそれまでの派遣先でノギスを使う訓練を受けていないことも事実なわけで…そういう非熟練労働者を大量に生み出しているのが、現行の派遣法制度なのだから、そして、それに甘えて熟練技能者を育てる訓練を怠ってきたのが、派遣を利用してきた企業なのだから、企業が技能の継承ができないことに悩むのは、明らかに自己撞着に思えるのだ。

…派遣を使わない場合なら、素人の新人を雇用して一定のスキルを持った技能者に育てないと、企業自体の存続が危うくなる。逆にいつでも切れると思ってれば、そりゃ教育に金を使わなくなるのは当たり前だ。

 
 
ちなみに、「派遣」という言葉は、派遣法ができる前からあった。

派遣法制定時、某電機メーカーの工場で起きたどたばたは、それを冷ややかに見る立場にあった。なんせ、そのメーカーと元請けがどんなごまかしをやろうとも、現場で実際に仕事をする私たちは、「派遣」だったのだから。

ただ、そのころの「派遣」と、今問題視されている「派遣」の大きな違いは教育機会(OJT)にある。当時の「派遣」は元請けにとっても存在を無視しえないもので、ある程度の訓練を施して時給単価の高い仕事を発注元から引き出さないともうからない仕組みになっていたのだ。さらに言うと、現場、特に工期を限って構成する飯場のような場所で、他人を見下す言動をとるようなレベルの人間は仕事の邪魔になるので、親会社といえどもそういう手合いは現場へ送り出さなかった。

実際、私のいた会社が派遣先から引き揚げた後、そこでは大混乱が起きたそうだ。なにしろ、採算の合う労務費で、単独で海外の現場に出せる頭数が激減してしまったのだから…と、ふとした機会に知った。
 
 

そのあたりが、今の「派遣」と大きく違っていた。

当時の「派遣」は、今でいう特定派遣に相当し、レベルの低い労働者しか供給できない派遣元は利益を上げられなかったのだ。

今のありようになったのは一般派遣を法制上認めてしまったことの弊害だと考える。

本来なら、一般派遣は紹介派遣以外認めないくらいにしないと、大量の非熟練者を生み出してしまう。
それは、産業界にとってもマイナスだと考えるのだが…どうも、アメリカ流の経営手法を信奉する政治家やその取り巻きの学者にはその点が思い至らないようだ。

-------追記------
朝日新聞の記事で(中略)としていたところを追記しました。
当該記事の小見出しは
  仕事分け合い雇用維持
とされ、ワークシェアリング自体がテーマとされていましたが、内容を読むと、ワークシェアリングにより発生した不稼働時間を、政府の援助を受けながら自腹も切りつつ、従業員の技能向上に振り向けている企業群が紹介されていました。
こういう取組こそが「米百俵」と同根のものではないかと考えるのです。
その意味では、ワークシェアリングによる減収を当然の前提としている我が国の政労使のあり方は、大きく的を外したものに思えます。
殊に失業保険の保険料収入から多くの非失業者のための福利施設を建てまくり、挙句にバッタ屋へたたき売った政の責任は重大でしょう。

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