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2009年8月24日 (月)

でぇっきれぇだ

大嫌いな言葉の一つ

働かざる者食うべからず

本来は勤労の美徳を勧める言葉なのだが…
「食うべからず」のところに大きくひっかかるのだ。
少なくとも、現代社会においてこの言葉を躊躇いなく用いる人には用心してかかることにしている。
なんとなれば、この言葉は容易に「働けぬ者食うべからず」に転化するからだ。

原典は新約聖書の「テサロニケ人への手紙」である。
しかし、今はキリストが生きていた時代とは違う。もはや自給自足で生活が成り立つ社会ではないのだ。
また、この言葉が広まったのはレーニンが引用したからだという説もある。
レーニンが名指しした「働かざる者」とは、貧しきものから簒奪して暮らしていた皇帝や貴族達を指していたはずである。
しかるに、現代においてこの言葉が指し示す人たちは王侯貴族であろうか…断じて否
「働かざる者」とは働く意思のない者のことではなく、働くに道なき人のことを指しているのだ。
以前、NHKスペシャルで取り上げられた若者のことをここでも書いた。そう「ノギスが使えない」故に再就職の道を閉ざされた若者…彼が「働かざる者」として蔑まれなければならないのであろうか?
私にはそうは思えない。
ならば、どうしろ…と?
簡単なことである。この言葉を言い放ちうる(そして言い放つだけの神経を持つ)人々から、彼らの持てるものを分かち合えば良いのだ。

大体がぁ、「食うべからず」とは何事か?
人はその生き方を尊重される…少なくとも他人に害を与えない範囲で…。
この原則に忠実であろうとすれば、他人に「べからず」などと、まして「食うべからず」などというのは、他人にも権利というものがあるということを理解していないと思われても仕方のないところであろう。
特に国会議員や行政の幹部にあるものはそういうことを言っちゃいかん…と思うのだ。

しかし…いるんだよなぁ
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「怠けている連中に税金使わぬ」 派遣村めぐり舛添厚労相

 舛添要一厚生労働相は18日午後、横浜市内の街頭演説で、昨年末から今年1月にかけて東京・日比谷公園に設けられた「年越し派遣村」に関し、「(当時)4000人分の求人票を持っていったが誰も応募しない。自民党が他の無責任な野党と違うのは、大事な税金を、働く能力があるのに怠けている連中に払う気はないところだ」と述べた。

 これに対し、派遣村実行委員だった関根秀一郎・派遣ユニオン書記長は本紙の取材に「求人として紹介されたのは確かだが、誰も応募しなかったというのは全くのでたらめ。たくさんの人が応募したが、断られたのがほとんどだ。舛添氏の発言は現場の実態が全く分かっておらず、あきれてものが言えない」と批判した。

 舛添氏の発言は、与党側が「バラマキ政策」と批判する民主党との違いを強調する狙いがあるとみられるが、厳しい雇用環境が続く中、労働行政を担当する厚労相が失業者を「怠けている連中」と指摘したことは、不適切との批判は免れない。

 派遣村をめぐっては坂本哲志総務政務官が1月に、集まった失業者らの就業意欲を疑問視する発言をして批判を浴び、謝罪した経緯がある。
2009年8月19日 中日新聞朝刊

一応 追記
レーニン以降「働かざる者」とは国家に忠実でない者を指し示す場合が増えたことも、舛添氏の発想との類似において示唆に富むものではないでしょうか?

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コメント

すみません、幼少時の座右の銘でした(^^;。家にお金を入れてない自分(未就学がおこがましい)が、米や野菜ならまだしも牛乳や果物を食べられることに、強い呵責があった。
基本的に発想が飢餓ベース・間引きベースだったので、「食べ物がなければみんな死ぬ」「子供は殺される」「親が子に自分のぶんを与えて、先に死ぬこともある」のが現代社会だと思っていた。
そしてその認識は間違っていなかったと、平成の今知る。

だから学問と立身出世はすべて、自分の後から生まれてくる子と年寄りのために、食べモノと金を殖やし、一人でも多くの人を養うために行われる。十代と学生の努力には人の命がかかっている。
そう、思っていたのだけれど。


どうやら舛添氏には、私のように巨大な器がないようですね。(しれっ)
そうであるならば、彼は勉学をしなかった怠け者であり、男として私よりも後方にある。と言わせてもらいましょう。

自民党が好んで使う『責任』とは、自らの食い扶持と時間の全てを注ぎ込んで、巨大な家族を背負おうとする態度のことなのですが。
無能無責任な下っ端が、軽々しく責任などと口走るな。背負えもしない癖に。軟弱な若造めが。

投稿: 人生アウト | 2009年8月25日 (火) 03時26分

プチ修正

×:自民党が好んで使う『責任』とは、自らの食い扶持と~

○:自民党が好んで使う『責任』とは、本来は、自らの食い扶持と~


私達が他人に「責任」を預けるのは、その相手がぎりぎりのリスクを背負っているからであり。
リスクを負わずに態度だけでかい人間は、狼にでも食われてしまえばいい。

投稿: 人生アウト | 2009年8月25日 (火) 03時46分

人生アウトさん

あなたは巨大すぎますよ(笑
舛添氏は「頭の良い人」だと思いますね。
しかし、その「頭の良さ」を己の利益追求にしか使えない…極めて頭の悪い人だと思います。

投稿: とみんぐ | 2009年8月26日 (水) 22時56分

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