« ソース | トップページ | マニフェストなんて要らない »

2009年8月 1日 (土)

結構読みにいく有名人サイト

まぁ、ブログなんてものが流行りだして、ネットの中は玉石混交。
はっきり言って吐き気を催したくなる文字の羅列もしょっちゅう見かける。
特に、ブログのコメント欄なんかはひどいものがある。
往年の2chの比ではない悪意がこもっていたりする。

だけど、ちょっとした視点のヒントを与えてくれるところも数多ある。
真摯な思いと洗練された文章から、読んでいて飽きないところもある。
だからネット散歩は止められない。

そういう良質のサイトをいくつか御紹介…

◆厳しい時代を「生き残る」には;経済アナリスト 森永卓郎氏◆
http://www.nikkeibp.co.jp/article/sj/20090430/150229/
マスコミ(TV)に出てくる森永氏というと、「新自由主義者」「構造改革推進派」の政治家や評論家、甚だしきに至っては番組の司会から、言葉の挙げ足をとられ、いじられまくる小太りのお兄ちゃんというキャラクタだが、このサイトでは、邪魔ものがいない分、自由にかつ難しい言葉を避けた語り口で持論を書いている。

◆ようこそ『マガジン9条』へ◆
http://www.magazine9.jp/index.html
全国にいくつもある「九条の会」のウェブ版というところか?
憲法第九条を鍵に、脱貧困、戦争と経済といったコラムが面白い。
しかも、四角四面な教条主義から距離を置いて、あの鈴木邦男さんを筆頭とする右翼系の人たちまでコラムを書いてるし、インタビューも試みている(それに応える保守派の人たちも凄いっちゃ凄い)
自民・公明や民主の一部の劣化政治家が言う「九条、馬鹿言ってんじゃねぇよ」「創憲だよ」「時代に合わせた憲法じゃなきゃだめだよ」といった宣伝に ? を感じている方にお勧め。
最近では「家族会」の蓮池透さんのインタビューが出色。

◆保坂展人のどこどこ日記◆
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto
言わすと知れた(?)社民党の国会議員 保坂展人氏(今度は東京都第8区=杉並区から立候補予定)のブログ。国会の記録や、審議中の法案に対する意見などを精力的に発信している。「小選挙区制度」の弊害でいまやマスコミ的には見る影もない社民党ではあるが、実態は希望の種であることがよぉ判る。

◆泡瀬干潟を守る連絡会Blog◆
http://saveawasehigata.ti-da.net/
これは、ここの常連さんには言わずと知れたところでしょう。
沖縄の最大の泡瀬干潟、その経済事情を無視した自然破壊の実情に関する情報を発信しています。
(前にも書いたけど、泡瀬問題はつまるところ、日本全体を覆っている問題の噴出点だと思うんですね)

◆ビル・トッテン関連情報 コラム(Our World);アシスト社社長ビル・トッテン氏のコラム◆
http://www.ashisuto.co.jp/corporate/totten/column/index.html
この人のコラムは、私的にはちょっと微妙。必ずしも賛成できないところもある。
しかし、日本を愛し帰化して、日米両国のビジネスの現場を踏んできた人の日米両国への憂国の情をこめた文章は読み応えがある。殊に、その視点が弱者からの視点に沿おうとしている態度に敬服する。

(個人としてその人の社会的地位を匿名のまま、いろんな情報収集・発信をしている人はほかにもたくさんいますが、その匿名性を尊重して、ここでは省略させていただきます)

|

« ソース | トップページ | マニフェストなんて要らない »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

>往年の2chの比ではない悪意がこもっていたりする。

ブログの2ch化、というのは近年感じられる現象ですね。
やはり「表現」と「表出」は別のものであり、自分が書いたものを他者がどう読むか、想像するかしないかの違いなのかも知れません。

森永氏は、なんというか面白いという印象ですね。なんとなく、敵対者であっても氏を憎みきれないんじゃないか(笑)。
私がよく読む有名人サイトでは、内田樹ブログでしょうか。ごく当たり前のことを平易な口調で綴っているだけ……と思われるかも知れませんが。

投稿: 人生アウト | 2009年8月 1日 (土) 15時03分

あ~
人生アウトさん どうも です。

前回の記事へのレスは、わたしの頭ではよぉ書けず、失礼しました。
これなら書ける…というわけじゃありませんが。

2chというより、もっと前(モデム通信の時代)の掲示板の時代でも「悪意」はありましたが当時は規模も違いましたから、悪貨は比較的容易に駆逐できたんですよね。
端的にいえば掲示板の管理者権限が強大でしたから、悪貨を放置するということが管理者の見識に対する評価とも成り得、結果として淘汰されていたのです。
残念ながら「悪意」の攻撃にさらされ、多数の「善意」の管理者も道連れにされたという裏もありますが。

で、ブログを公開することの敷居が低くなってきた…これ自体はプラスに評価されるべきことだと思うんですね。ただ、それを読んでどう思うかは読者に委ねられている。ここへ「悪意」をけしかける輩が出てきたとき、どのような対処をするべきか?というのが課題と言えば課題でしょうね。
人生アウト兄のようなやり方は効果的な部類に属するとは思いますが、誰でもあの独特の修辞を真似できるもんでもなし…。

で、【表現と表出】私は『表出』だってあって良いと思うんですね。それは心の中に溜めていた澱をだすようなもんだから。まぁ こうやって不特定多数の監視者がいる中で「表出」だけでやっていける人は少ないと思うんですね。それが「悪意の」第3者に利用されるのでなければ…


え~ 内田樹さんのブログは、ごくあたりまえのことを語っているとはちょっと思えなかったりするんで、見解留保(^^ゞ

投稿: とみんぐ | 2009年8月 4日 (火) 05時41分

修辞ってなんだー。私はふつうに書いてるだけでっす。
あと、創憲って創造性にほど遠いね。せめてピカソに書かせろ。

ネット言葉というのは難しいですね。話し言葉の場合、私達はきわめて複雑な計算をしながら日々生み出している。相手の心理心情、相手との距離感、周囲の状況。それらを瞬時に判断しながら、語調や声量、視線の使い方までトータルにコントロールしながら。しかもほとんど無自覚に!
それだけの繊細なバランスの上に成り立つ話し言葉は、しかも「聞き流される」ことによって潤滑に回り続ける。私達はほとんど、自分の言ったことも相手の言ったことも記憶に残さない。わずか重要な数フレーズを除いて。もしも会話が生み出す喜怒哀楽の全てを、私達が自覚的に覚え続けるならば、たちまち脳がパンクしてしまう。生活が営めなくなってしまう。

対して書き言葉は、全ての言葉が半永久的に残り続ける。面と向かっての喧嘩ならば、シャワーとビールが洗い流してくれる。でも書き言葉は、半年前一年前の恨みを、ずっと保存し続ける。「公衆の面前で恥を書かされた」思い出とともに。
私はそれが、知的だとはとても思えない。人生の時間は決まっているのに、為すべきことは山のようにあるのに。時間は、惜しい。

それゆえに、書き言葉にも話し言葉同様、細やかなルールをあらかじめ自分の中で持っておくことが必要なのかもしれません。
自分の意図が正確に伝わるなどと期待しないこと。話し言葉でも、そのためには非常な努力が必要なのだから。
読者が受けた感想を、まず肯定すること。
ときには俗っぽく謡っぽく、人間の笑いに訴えかけること。
面倒な相手の書くものは、読む必要すらないこと。


>ごくあたりまえのことを語っているとはちょっと思えなかったり

氏のメディアでの発言は読んだことがないのですが、ブログ内で教育に関して綴っている内容(学びについて)は、私的によくわかることだったり(笑)。

投稿: 人生アウト | 2009年8月 6日 (木) 02時11分

中学生が書くポエ~ムを思い起こしてみてください。
そのほとんどは、「どこかで見た言葉」の羅列です。

私達は話し言葉において、繊細なバランスを無自覚に取りながら言葉を紡ぎますが、それは例えどんなに陳腐な言葉であっても、そのタイミングその瞬間に放たれたという一点において、まさにかけがえのないものなのです。
しかし、書き言葉は違う。私達は皆、「どこかで読んだ言葉」の再生産に努めているにすぎない。だってそうです、話し言葉と等量なエネルギーを投入しない限り、どうせロクでもない書き言葉しか生まれてこないのだから。
この点において、「話すように書く」という方向性は正しいと言えます。無数の読者の顔に向かって話しかける演説と等量のエネルギーを、キング牧師に負けないエネルギーを、私達は最低限持たなければいけない。

書き言葉が、単に「どこかで読んだもの」の再生産に留まり、それ以上の深みを持たないならば。話は簡単です。
プラトン以後、千冊万冊の本を読めば、一般人が書いたものなど無価値。となってしまう。
そうではない筈です。私達はみんな、ソクラテスにも孔子にも余裕でなれる。ただ、自分自身の言葉を深めていきさえすれば。

書き言葉が借りものであるということは、その人が元となる文章を読んだ時に感じた感情を、自分で書きながら再生しているということです。何か不快な文章を読んで腹が立つ。それを今度は別の誰かに向けてみる。すると不思議、自分で書きながら自分の言葉で不愉快さを反復してしまうのです。
コピーバンドが、アーティストのコピーをやっている時に、最初にその曲を聴いた時の気持ちを再生するのと同じです。深みのない借りものの言葉は、自分で書きながらも、自分の感情や思考を、元祖の書き手に乗っ取られてしまうのです。ネットで使われている煽りや敵意のほとんどは、こうしたコピーワードです。ゆえに読む必要がない。

投稿: 人生アウト(このHNイマイチ) | 2009年8月 6日 (木) 06時45分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/224266/45800652

この記事へのトラックバック一覧です: 結構読みにいく有名人サイト:

» ケノーベルからリンクのご案内(2009/08/02 09:09) [ケノーベル エージェント]
杉並区エージェント:貴殿の記事ダイジェストをGoogle Earth(TM)とGoogle Map(TM)のエージェントに掲載いたしました。訪問をお待ちしています。 [続きを読む]

受信: 2009年8月 2日 (日) 09時12分

» 自公合体政権の中身こそ 「貧困」 だった。「8・30自公サヨナラ選挙に行こう!」 [おわらんきーブログ]
人気ブログランキング  ←より多くの人に伝える為にクリックのご協力を♪ ↑ ※FC2ブログランキング期間限定参加しました! 今現在7位... [続きを読む]

受信: 2009年8月 3日 (月) 23時48分

« ソース | トップページ | マニフェストなんて要らない »