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2009年12月21日 (月)

謎は深まる?

謎は深まる?

夜会vol.16
ブログ界隈を見ても、昨年ほどは盛り上がっていないようだ。
再演ということもあるのだろう。
しかし、実演を見ると…

「元祖」
開演:20:00、終演:22:20(休憩:20分)
「本家」
開演:20:00、終演:22:30(休憩:20分)
※二幕が10分長くなっている。「ほうやれほ」が長くなったのと、十二天がCD版と同じアレンジになったからかな?

音響がおとなしくなっている(U列ほぼ中央で聴いた感じ)。
とはいっても、D列で聴いたらさすがに…ド迫力。

基本的なストーリーは確かに昨年と同じだけど、切り口がかなり違うように思える。

複数の有名ブログで書かれているとおり、縁切寺(の機能)について長い科白が用意されている。「元祖」では科白なしで表現されていた所だから、演出という点で大きな変更ではある。しかし、これはあくまでも演出技法だと思う。

ストーリー展開では、「十文字」のところに重大な変更がある。
それは、定め書を読み上げるシーンに続いて崩れ落ちるのが誰か?という点だ。
「元祖」のときはみゆきさんが演じている「母」だったのが、「本家」ではコビヤマさんの「厨子王」と香坂さん、土居さん演じる「安寿」である。
ここの変更の意味、もうちょっと考えたい。

このストーリーのクライマックスは2幕の「十文字」~「赦され河わたれ」にある。
したがって、「十文字」で定め書を突き付けられるのは誰かという点は、その後の悔み苦しみ(ほうやれほ)、解放される(赦され河渡れ)のは誰か…ということに関わってくるわけで、ここの部分の変更の意味は大きい。
(で、いろんな夜会アンの皆様のブログを散策…私と違って、歌詞を引用されている方も多いので参考になる)
その答えは「ほうやれほ」の歌詞の変更にあるのかもしれない。
「元祖」のときは、母の立場からの別れた子、夫への愛、別れてしまった後悔が主題であった。
「本家」では、母のそれとともに、安寿のそれが重なっている。
これが表現されているのは「悔まれてならぬ~人でなし我が身 or 赦せず我が身」のフレーズではないかなと…。
つまり、登場人物の皆が皆、愛する者と別れたという罪の意識を共有しているということになる。
だから、「赦され河渡れ」の場面で、安寿、厨子王が眼隠しをしたまま登場し、その眼隠しを脱ぎ捨てて船に乗る…ということになる。
「眼隠し」というのは、「(ふりかえったところでどうしようもない)後悔」のことであり、それを脱ぎ捨てることで新しい未来(来生)へ向けて出発する準備ができる。そして新しい未来へ向けて安寿と厨子王が旅立つときに使う乗り物が、あの船ということだろう。
(「元祖」のときに悪評さくさくだった二幕の抽象的な魚や船、それは人間の生き様の比喩なのだから抽象的で当たり前だったのだ。)

「(同じ場所での)輪廻」と「(並行世界への)転生」
これが「24時着0時発」以来のテーマになっている。
これの結論はどうなるんだろうか?

参考ブログ:転轍される世界

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