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2010年2月21日 (日)

ばんくーばー

オリンピックなんつうものが始まっているらしい。
職場の休憩時間…TVがつけっぱなし状態である。

スノーボードなるものを見た…
これって人間技かよ?
TVを見てた同僚の中のボーダーが、みんなから「あれ出来る?」と聞かれて「できるわけね~だろ(-"-)」とおっしゃっておりました。
ただ…ねぇ…オリンピックって、アマチュアの大会じゃなかったの?という疑問もまた強く感じたな。
フィギュアスケートや、体操なんかでもそうなんだけど…私のような朴念仁には「芸術点」ってやつがよぉわからんのだ。その意味で「冬季五輪」の種目ってわかりにくいのが多すぎる^^;。

いやぁ、ショーとしては素晴らしいと、率直に思う。
なんか、この競技に出場した日本代表の一人が、服装のことで「あ~だ、こ~だ」言われてたらしいけど…。
ショービジネスの世界で「目立つ」ってことは重要だと思うのだな。その意味では彼の行動も正しかったのではないか?と、スノーボードの優勝者の演技を見ていて思うわけなのだ。
特に、スノーボードは「やる」スポーツとしての認知度は高いけど、「(金を払って)見る」スポーツとしての認知度はまだ低いんじゃないか…と。だからこそ、ああいう「軽はずみな」言動を「敢えて」しているようにも見えるんだな(かなり無理があるようにも思えるが…国母クン)。なんつうか、こう「スポーツ」の領域から「軽業」の領域にはみ出してしまってるようなんだな。
モーグルあたりなら未だ辛うじて「スポーツ」らしさがあるけど(ただ、あの中間ジャンプでいろいろやるのはかなり危険域)。

逆に、見ていて「あ、これはスポーツだな」と思ったのが…カーリングだったりする。
なんせ、「芸術性」とか「表現力」なんてものが判定に与える影響力はまったくない。
一見誰にでもできそうだけど、あれってものすごく体と頭を使う競技だ。
しかも(今のところは)使用する道具をチューンして勝つってこともできそうにないし…。
その意味では、スキーやスケートより遥かに素朴なスポーツ種目だと…。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

お久しぶりです。
えーと、観戦するスポーツって「ショー」と思ってました。やるスポーツは娯楽。あ、娯楽と言う意味ではスポーツ観戦も娯楽。つまり見せる選手以外は娯楽でしょ。
娯楽だから面白いかどうか、とちゃうんかなぁ?
「スポーツ」か「軽業」かの違いは、ルールをもって競い合うかどうかってことかな?
でも、最近では「チェス」や「囲碁」がスポーツ大会の種目になっているとかで、もう???

しかし、カーリングは偶然だけど初めて真剣に見ちゃいました。面白いねぇ。でもワタシはあまりスポーツって感じがしなかった(どんな基準だ?と言われても、なんとなくで答えられませんが)。アレ見てると、おはじきとレレレのおじさんを思い出してしまう(笑)

投稿: 毒多 | 2010年2月22日 (月) 16時44分

毒多さん

どうもです(なんか憂き世離れしていました)
もともと「運痴」な私がこういう話題に触れるのもなんですが…

「スポーツの楽しみ方」って、自動詞と他動詞の関係なんじゃないかとも思うんですね。
だから「楽しむ」のは誰かってことに関心があったりする。
「スポーツ」では、最低限の倫理として、プレーしている当人たちの立場が観客である私たちの立場より優先されるべきじゃないかと思ってたり。
「ショー」なら、観客の立場の方が強くても当たり前かもしれないけれど<あくまでも「…かもしれない」という限定つき>。

オリンピックに参加する選手には税金が…という議論はいささかうんざりしていたりします。
「金を出すから口も出す」という発想に「成金趣味」を感じているからかも知れませんが…ね。

投稿: とみんぐ | 2010年2月24日 (水) 22時11分

野球が苦手な僕です、こんにちは。
なぜかと言うと、ポジション・役割が自動的に割り振られた後は、もはやチームとの連携なくしてはスポーツができなくなるから。
色んな動きを試した後なら、役割を担うのも吝かではないのですが。

そう、スポーツとは「自」と「対象」の間に成り立つ力動を、想定し組み立て直す行為なのですよね。(だから勿論、棋碁はスポーツ)
陸上は下半身の筋肉と重力との間にある連続関係を組み立て直す行為だし。武道は自他の関節を繋ぎ直す行為。
冬季競技の多くは、摩擦を軽減した環境における陸上競技の親戚と見える。
野球が苦手なのは、ポジション間の繋がりを仮想的にいじることが、個人には出来ないところにあります。

だから、モータースポーツも「スポーツ」なのですよね。勝敗がマシンのセッティングに大きく拠っているとは言え、レースを観戦している私達は、仮想的にドライバーの目を借りてみることができるから。
ドライバーがその瞬間瞬間何を見ているか、私達にはわかる。その手足がどんなハンドルさばきやブレーキングをしているか、「観る」ことによって感染できる。←変換ミスじゃないよ

ただ、無論これは個人によって嗜好の違いはある。F1ドライバーの筋肉の動きを仮想的に追体験できる人もいれば、イチローの動きをトレスする人もいる。見ただけでスノボの連続写真が頭に浮かぶ人もいる。そうした、個々の嗜好に叶った分野においては「スポーツはスポーツ」。
そうでない分野については、目立つスポーツを見る「ショウ」になるのではないかと。

投稿: 人生アウト | 2010年2月25日 (木) 21時12分

「自」が働きかける他としての「対象」は、非常に多岐に渡ります。
その八割九割は重力に支配され、ほぼ十割は合理性に支配されている。

人間の筋肉九割と合理思考一割とで「対象」に働きかける行為が、スポーツなのでしょう。(この点、モータースポーツはカーリングやチェスに近い)
とみんぐ様の場合、カーリング選手を支配する合理性を、観ることによって追体験されているのではないかと。

投稿: 人生アウト | 2010年2月25日 (木) 21時28分

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